近未来小説:ゲーム塾

(読むのは時間の無駄ですが・・・)


未知子が一人息子の地球(テラ)を連れてやって来たのは近頃評判の「ゲーム塾」だった。

教室の写真



駅前の大きなビルの横の細い路地を入って行った先にある
小さな古い3階建てのビルの3階に、その塾はあった。
受付で名前を告げると中から、色黒・小太りの三十半ばくらいの
男性が出て来た。
何となく全体的に不潔そうな雰囲気でボサボサの長髪の男性だ。
(あら、ヤだ。これがアキバ系ってヤツかしら)
(名前からしてもっといい男だと思ったのに・・・)
未知子は期待を裏切られたがそれは顔には出さず、
息子のために塾長の話しを聞くことにした。

塾長は「太田明」と言ってゲーム業界で有名らしかったが未知子には
どのくらい有名なのか想像もつかなかった。
「どうぞ、ここへおかけください。
中村地球(テラ)君と言ったっけ?
これで隣の部屋で遊んでてくれるかな?
お友達もたくさんいるから・・・。」
と息子は小さなゲーム機を持たされて隣の教室に入れられた。
未知子は少々不安になった。
(一人っ子で甘えん坊の息子が知らない子供と仲良くできるかしら?)

「センセイ、ウチの子、まだ間に合うでしょうか?」未知子が訊いた。
「大丈夫でしょう。
そりゃ早い方がいいとは思いますが、これは才能勝負ってところがあるんで。。。
ウチには現在、小学校4年生から大学受験浪人の生徒がいます。生徒数は約百人。」
「はぁ・・・。」

未知子はそれを聞いてこの塾はかなり繁盛しているなと、思った。
そして月謝が一人当たり1万5千円として・・・えええと、100人だから・・・  月収=15000円×100人=150万円!
                                             年収=150万円×12ヶ月=ええええと・・・・・
                                    150万円×10ヶ月=1500万で、150万円×2ヶ月=300万
                                             合計=1800万円!!!
驚く未知子。

(ええと、そこからビルの賃貸料と人件費と宣伝費を引いて・・・あと、電気・ガス・水道料金もあるわね。
どのくらいかかるのかしら・・・)
未知子が頭の中で必死に計算していると、その計算式は太田の声でかき消されてしまった。
「息子さんの地球(テラ)君は中2ですね。」
「・・・・・・・・・・・・・え?・・・・・あ、ああ、はい。」
「今からやれば大丈夫ですよ。」

「ところでお母さんは地球(テラ)君にはどういう進路を希望していますか?」
「あ、はい。えーーーと、
できたらそれはなるべく良い大学へ行ってもらいたいと・・・。」
「ていうと・・・ゲー術大とか?」
「はい。いえ、そこは無理かな?とは思うんですけどぉ。」
未知子は笑ってごまかした。
が、太田明は真面目な顔をして言った。
「いや無理じゃないです。
現にココの卒業生が毎年合格してますから。」
「え、それは本当ですか!」
「まぁ、毎年一人ですけど。
国立東京ゲーム術大学・・・。全国のゲーム少年少女の憧れの大学ですよね。」
と言って太田明は自慢そうに目を細めた。

数年前の全国の大学の統廃合によって、生き残りを迫られた大学は必死で活路を見出した。
ある大学は「駅前大学」になり、各駅前にコンビニほどの規模でチェーン展開をした。
営業時間も「朝7時から夜11時まで」で、大学界のセブン・イレブンと揶揄されたが
それが成功し、他大学に大きく差をつけて今日に至っている。

またいっそ建物ナシの大学も登場している。
これはインターネットで家にいながら授業を受けられる仕組みになっていた。
建物にかかる経費や人件費がかからないので授業料が安く、
引きこもりや登校拒否の生徒、中高年に人気があった。

また産業構造の大変化に伴い、今まで人気のあった職種が大きくかげり出し
代わりに「コドモ産業」と軽んじられていたゲーム業界が今の日本の経済界を牽引していた。
いや、「世界を牽引」と言っても過言ではないだろう。

「東京ゲーム術大学」は狭い芸術という壁を取り払ってコンピュータ・ゲームを総合芸術と位置づけ
ゲーム業界に毎年優秀なクリエイターを送り込んでいたのだ。

「あそこは前は油絵科とか彫刻科とかあったらしいんですが、今ではCGだけになっちゃいましたね。
音楽科はゲーム音楽作ってます。
ゲー大を出れば就職率100%、しかも大企業ですからね。」
太田明は説明した。
「でも、就職しないでフリーでやってる卒業生もいます。これはもう、業界では神様扱いですよ。」

「でも、難しいんでしょう?」
「まぁ、二浪・三浪は当たり前・・・・かな?」
「センセイはどこをお出になったんですか?」
未知子は訊きにくいことを平然と尋ねた。
「ボクは東京学ゲー大です。」
「学ゲー大?」
「ゲー大と比べると偏差値が『ガクっ』と落ちるから『ガクっ、ゲー大』ですよ、わhっは!」
勿論冗談なのだが、未知子には通じず、そのまま未知子の頭にインプットされた。

「学ゲー大は昔、東京学芸大学と言って教員養成大学だったんですよ。
でも、少子化のおかげで教員の需要が減ってしまったんです。
本当は小・中学校でゲームを教えれば全員がゲーム科の教員としてやっていけるんですがね。
今のところ、ゲーム科教師が要るのは高校だけです。
文部科学省のやることは10年、いや30年遅れてますからねぇ・・・。
それでボクみたいなのはこうやって町でゲーム塾を開くしかないわけですよ。」
太田が自嘲気味に言うのを聞いて未知子は意外だった。
(だって、だって、あなたは学校の先生の何倍も稼いでいるじゃないですか!)

いきなり未知子の頭に閃いた。
「日ゲーってありますよね?」
「日ゲー?・・・・・・・・・・・あったっけなぁ。」
太田明はしばらく考えていたがやっと思い出したらしく笑いながら言った。
「お母さん、それは日本大学ゲイ術学部のことですね?略して日ゲイ。」
「そう、それです!」
私だって知ってることはあるのよ、という顔になる。
しかし太田は(これだから素人は困るんだよな)という顔になっていた。
「お母さん、日ゲイはゲイ・・・・・・つまりゲーではなくゲイの大学です。」
「へ?」
「ゲイの術を学ぶ大学・・・こう言ったらわかるかな、オカマとかそういう・・・。」
「そうだったんですか!」

「ゲームとは関係ないんです。
あそこは元々テレビや映画という、エンターティメント系に人材を沢山出していたんですが最近テレビでゲイ流行でしょ?
また会社も『女を雇うくらいならゲイにしとこう』って風潮、あるじゃないですか。」
「それは何ででしょう?」
「そりゃ勿論、セクハラ対策ですよ。
今まであちこちでセクハラ裁判起こされて経営者が困っているんです。
女はもう雇わないってなっちゃった大企業、多いですよ。
だからその代わりに新卒のゲイが人気あるんです。
今、日本で一番の難関大学になってます。」
「はぁ・・・。」
未知子は思った。
(じゃぁ、若い女の子じゃなくておばさん雇えばいいじゃないの。)
その表情を見た太田が言った。
「セクハラだけじゃないな。
女はすぐ感情的になって泣くし・・・苛めたり苛められたり・・・いろいろありますからね。」
(そんなモンかな?)
未知子は半ば納得した。
そして安堵した。
(良かった、ゲイでもないのに息子をもう少しでゲイの大学へ入れるトコだったわ)

「他にゲーム専門大学ってあるんですか?」
「そうですねぇ・・・関西でよければあります。
京都工ゲーセン維大学。」
「え?」
「国立の、京都にあるゲーセン・クリエイター専門大学です。
昔は京都工芸線維大学と言ってたんだけど今の学長が進歩的な人でねぇ『これからはカタカナの時代だ』ってんで
真ん中だけカタカナにしたんです。
前は京都の伝統産業の・・・・・・・反物とか作ってたんだっけな?
良くは知らないけど。
今はゲーセンに置いてある、ゲーム機を考案・設計・製作したりとか。
あそこは手堅いですよ、国立だし。」

「それって変わってますね。」
「何がですか?」
「前は着物の生地作ってたんでしょ?」
「いや、全然変わってないです。
だって、お母さん、任天堂は昔『花札』作ってたんですから、それと同じですよ。」
そんなモンかなぁ?・・・・・未知子はまたキツネにつままれたようだった。
「でも、あそこはゲーセンだから、かなり体育界系でしてね。
身体を使うゲームをやらされるんで体力のある子や運動神経の良い子じゃないとキツイかなぁ?
それと基本的にモノ作りが好きじゃないとね。ま、向き不向きありますからね。」
未知子には驚く情報ばかりだった。

「一芸入試ってありますよね?」
(この質問は我乍ら良く出来た)と、未知子の鼻がうごめいた。
「あああああ・・・・・それね!」
太田の顔にあからさまに侮蔑の表情が浮かぶ。
意外な反応に驚く未知子。
「一ゲー・・・・。
昔、どこかの私大が宣伝のために考え出した入試の方法ね。」
どこかの私大が・・・・という言い方に国立大出の太田の自負心が垣間見えた。

「お母さん、考えても見てください。
一ゲーだけで世の中やって行けますか?
渡って行けますか?
『ドラクエ』だけ『鉄拳』だけ『バイオハザード』だけでやって行けます?
やって行けないでしょう?
一ゲーじゃダメです。多ゲーじゃないと。
ちょっと考えればすぐにわかることなんだけどなぁ!」
未知子は太田が挙げたゲームは一つもわからなかったのでちょっとどころかうんと考えても
さっぱりわからなかったが、一応頷いた。
「そういうことを考え出す人間はゲームの何たるかを知らないんですよ!」
忌々しそうに太田は言った。

「さて・・・・と。
他に何かご質問はございますか?」
「あ、いえ、別に。
もう、今日は大変タメになるお話ばかりおきかせくださって、有難うございました。
ぜひ、ウチの地球(テラ)をおたくの塾に入れてください、お願いします。」
未知子は既に受験戦争に勝ったような気がした。
「地球(テラ)君がここの塾を気に入ってくれればいいんですけどね。」
やっと太田が笑った。
あまり愛想のない人だったな・・・未知子は思った。
(でも、ゲームする人ってこんなモンかな?)

「地球(テラ)君。こっちへおいで。」
「はぁい!」
「どうだった?
クリアできたかい?」
「うん!・・・・じゃねーや、はい!」
「そっか、見せて。
おお!こりゃ凄いな、君には才能あるぞ。初めてのゲームなのにこんな短い時間にラスボス倒せたのかぁ・・・凄いな!」
太田はコドモの相手は巧いようだった。
息子が褒められているのを見て、思わず目頭が熱くなる未知子。
地球(テラ)が家でも滅多に見せない笑顔を見せたので未知子は喜ぶと同時に寂しくもあった。
「お友達は出来た?」
「うん!・・・・・じゃねー、はい。」

隣の教室を覗くと地球(テラ)くらいのコドモが8人ほどでゲームに興じていた。
「おーい、みんな、地球(テラ)君のお母さんに挨拶!」

「石井満月(ルナ)です。」
「石井流星(りゅうせい)です。」
「ルナちゃんとりゅうせい君は姉弟なんです。
ルナちゃんは女の子だけどゲーム強いよなぁ!」
女の子は恥ずかしそうに笑った。
「青木大地(だいち)です。」
「星野世界(わーるど)です。」
「橋本太陽(たいよう)です。」
「長島大洋(たいよう)です。」
「橋本君と長井君は同じタイヨウだけど字が違うんだよな。」
そう言われても字がわからないんだから未知子にはさっぱり面白くなかったが一応微笑んだ。
「山田銀河(ぎんが)です。」
「小川大宇宙(そら)です。だいうちゅう、と書いて『そら』と読みます!」
「みんな中村地球(テラ)君と仲良くしてやってくれよな、頼んだぜ。」
「はーい!」

コドモたちの名前の規模に驚く未知子。
中でも山田銀河と小川大宇宙には負けれらないわ・・・と、漠然と思うのだった。

そして「東京ゲー大」でなくともいいから「ガクっ、ゲー大」に受かりこうやって塾を開いて年収1800万円になって欲しい・・・。
未知子の人生に新たな目標が生まれたのだった。